二萬打SS
□Eve 4
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その返事を返す事はせず、伸ばした指をおれの目元を這わせてゆっくりとなぞった。
まるで壊れモノを扱うかの様にそっと触れる手の滑りが良くなって、涙を拭っているのだと判る。
「また、泣かせてしまったんだな。ユーリには笑っていて欲しかったのに」
綺麗な顔を歪めてそう言う。
何でお前がそんな傷付いた様な顔、するんだよ。
EVE 4
「ちッ違う!そんなんじゃねーし。ヴォルフは…関係、ない」
見られた事が恥ずかしくて、思わず手を振り払うとヴォルフラムから背を向けた。
男が泣いてる姿なんて見られたい訳がない。
「ゎ、ヴォ、ヴォルフラム?」
驚いたのは俯いたおれの体に突然重みが加わったからで……後ろから抱かれているんだと解った。
ほんのりと背中に熱が灯る。
暖かい。けど、どうしようもなく心臓が跳ねて…どきどきした。
「…嘘を吐くな。ぼくのせいだと言う事位見れば分かる」
「う…別に………」
「ユーリ、」
「何?」
「少しだけでいい、こうさせてくれ」
回した腕に力を込めて、おれの肩に顔を埋めたヴォルフラムがいつになく弱弱しい声でそう呟く。
さらさらと零れる髪がおれの首に流れるのも、熱い息が首筋にかかるのも、とてもくすぐったい。
でも様子が違うコイツが心配で、重ねられた細い手にそっと自らのを重ねた。
冷たい手、一体どれ位おれを待っていたというんだろうか…?
「…正直、不安だった」
「何…が……?」
「もうユーリは来てくれないのではないかと…不安だったんだ」
「何で、待ってたんだよ」
何時間も、何時間も…
こんな冬空の下で…一人待ち続けて…
「おれが来ないかもしれなかったじゃないか」
「言った筈だ。ユーリが来ようともそうせずとも、ぼくは待っていると」
「…お前、それ言ってる事もやってる事も滅茶苦茶すぎるぞ」
「あぁ、わかっている」
それでも、待っていたかった。お前だけに伝えたい言葉があったから。
低い声で呟いて、おれを壊そうとする。耳元で響く馴染みの声。
「でも…」
納得出来た訳じゃない。あの時の電話がずっとおれを不安にさせていた。
「…優、姫………は?」
聞かなきゃいけない事があるのに隠しようのない程、声が震えてる。
まじ、情けねーなおれ。
「何故今アイツの名がお前の口から出てくるんだ」
「だって!今日はアイツと待ち合わせしてたんじゃないの、かよ!?」
「何故好きでもない奴とこんな日に会わなければいけないんだ」
「え…いや、だって!!」
不機嫌そうに言われると、まるでこっちが悪いのかと錯覚したみたいになる。
や、でも確かにあの時優姫の名を言ったはずだ。
あの時ヴォルフラムはおれを確かに優姫と呼んでいたし、明らかに優姫を待っている様な口振りだった。
なのに今本人の口から出てくる言葉はまるでそんな事など言っていないとでもいう様。
訳が分からなかった。
「やはりな」
「な、なんだよ」
なんで呆れた顔してんだよ。
「ユーリ、ぼくは言ったはずだ。誤解するなと…」
「誤解なんかっ…」
「いや、してるな。ぼくが優姫と、だと?悪いがそんな誤解は断じて認められないな」
なんだよそれ…
じゃああの電話は何だって…
「ユーリ、あれは見たか?」
促されて見たのはさっきの電子広告板。
もう変わってしまったが少し前まではあそこに真っ赤なハートが光っていた。
「うん」
「そうか、良かった」
ほっとした声がしてやっぱりあれはヴォルフラムだったんだと分かった。
ヴォルフラムが…おれに。
「ヴォルフラム、さっきの話は…」
「理由が知りたいんだろう?ならもう直ぐ解る」
「誤魔化したって………ん?」
それまでの字が消えて表れたのは…多分会社の名前だろう。
横文字で書かれたその名前…
「あ―ASAKU……あぁ朝倉事業開発か……ん?あれ、朝倉??」
見覚えがあるとかそんなレベルの話じゃなくて、常識の範囲だ。
超有名な朝倉財閥はホテルにビルにと色んな所に名を広めていて…知らない者もいない方がおかしい。
で、その朝倉財閥の朝倉は…何を隠そう優姫の名字だ。
「アイツの会社だ」
「そうだ。明日まで一般向けの伝言を時間区切りで行うと聞いていたから入れて貰った」
「えっでもあれって普通時間指定あるんじゃ…」
「あぁ…本当はもっと早かったんだが。電車が遅れているという話を耳にしたから話をつけて時間をずらさせた」
ずらさせたって…
「え…まさかそれって……」
あの時優姫からの電話を待っていたって言うのは…
「…これの為に?」
「アイツは文句垂れてたがな。良い男を紹介してやると言ったら直ぐに父親を落とすと息巻いていた」
あー…それは優姫ならやりそうだ。
思い出した様で可笑しそうに笑ってる、けど…
じゃあ、ヴォルフラムが表示画面の名前を確認する間もない位あんなに必死になって電話に出てきたのは優姫が目的じゃ、なくて…
「おれの…為?」
「お陰でお前のいる時に見せる事が出来た」
全部本当におれの誤解。
誤解を真実だと思い込んて、見ようとしなかった現実。
此処に来なかったらおれは、きっともう知ることもなく終わってた。
「ごめん、ヴォルフラム。おれ…そうだったなんて思いもしなくて……」
「もう気にしてない」
「なんでそんなあっさりッ」
なんで気にしてないなんて言うんだよ!
おれはヴォルフラムの言葉を信じなかった大馬鹿者なのに…
聞こえてくる言葉を端から受け付けないでどんどん悪い方へ持って行って……
最後には一人で勝手に傷ついて…
「本当は、電話越しにお前の声を聞いてもう駄目かと思った。だから姿を見つけるまで不安だったんだ」
回されていた腕の力が僅かに強くなった。
すがりつく様に這わされた指。
「おれ…は……」
「でもユーリは来てくれた」
「それは……だって約束、だったから」
おれの返事は聞かないといった。我が儘で身勝手な約束。
でも、聴きたくて…
「あのさ、話って…なに?」
ずっとずっと聴きたくて溜まらなかった。
その言葉の為に一喜一憂して、でもやっと聞ける。
「大事な話、何だろ?話してよ」
今ならきっと、すべて受け入れられる。
そんな気がするんだ。
回された腕を少し緩めさせて、ヴォルフラムと向かい合った。
少しだけおれよりも位置の高い目を覗いて見たら、真剣な瞳が此方を捕らえていて…
「ユーリ、ぼくは……」
真っ直ぐな眼差しに捕まって逸らせられない。
「ヴォルフが…何?」
「ぼくは…―、ぼくは、お前が……」
でも、聞いたのはその続きじゃなかった。
「フ、なんだか言わずとも、もう今更ユーリにはバレていそうだ」
そう笑って…
そして軽くおれの唇を奪った。
それは短い短いキスだったけど、柔らかい感触が全身を甘く痺れさせた。
「ヴォル、…フ?」
「どうしようもない程に、ユーリが好きで堪らない」
「おれ男だぞ?」
「ユーリはユーリだ。関係ない」
好きというその単語が、優しく強く響く。
まるで魔力の様に…
もう一度、顔を寄せてきたヴォルフラムに公衆の面前だろと訴えれば、
何の躊躇いもなくおれの視界が半分消えた。
おれの上着のフード。
「…何してんだよ」
「これでもう、誰もお前が男だとは解るまい」
それに此処は柊の下なのだから遠慮も要らないだろう。
「お、おれの気持ちは??」
「必要ない」
いつもの様に自信あり気に笑う。
どっからくるんだその自信。
フードの中で隠れたおれにもう逃がさない、と呟いたヴォルフラムの低い声がすぐそばで響いた。
「好きだ」
頬に添えられた手はもう暖かい。
「ユーリの気持ちなら疾うに知っている」
隠されたフードの中からはもうヴォルフラムしか見えていなかった。
end.
「ところで、優姫には一体誰を紹介するつもりなんだ?」
「なんだ、気になっていたのか?それならほら、コンラートをな」
「コンラッドだって!!?」
「自分の兄の幸せを望まない者など居ないだろう」
「ふーん、コンラッドねーー」
「ま、あいつなら嫌気がさしたら言葉巧みに逃げ遂せる事位訳ないだろうしな」
「ん?今なんか言った?」
「嫌、何でもない。さぁ、行こうユーリ」
本当にend.